第1回 ゴビ砂漠での発掘の始まり
1991年12月、林原自然科学博物館の渡部研究員は、中国、モンゴル、ソ連、フィンランド、イギリスを回り、化石レプリカの入手や共同調査の可能性を探る旅に出た。
翌年の1992年6月、渡部と鈴木の研究員2名は北京経由でモンゴルの首都ウランバートルに飛んだ。前年の旅の結果、恐竜研究の成果が一番期待できるのはモンゴルだと判断し、ゴビ砂漠で予備調査を行うことになったからだ。当時のウランバートルは社会主義国から自由主義に大きく舵を取った直後で、デパートにも食料品が殆どない状態だった。泊まったホテルは青年館ホテルという、ロシアからの旅行者向けのホテル。ここで一番驚いたのは、あまりに分厚いトイレットペーパーだ。インクの吸い取り紙だったのかもしれない。
モンゴルの地質学研究所が用意してくれた2台のロシア製ジープに食品や寝袋を積み、女性研究者のバダンガラフさんとともに、中央ゴビへと9日間の調査にむかった。この予備調査の目的は、本当に化石が発見されるのかを、この目で確かめることである。
最初に訪れたのは恐竜の卵化石産地、アルグイウランツァフ。しかし、一日歩き回っても卵化石を見つけることはできなかった。その次の産地は「炎の崖」で有名なバインザク。ここでも恐竜の歯や肋骨と思われる骨の断片を見つけただけに終わった。このままでは本調査を行うことなど夢のまた夢に終わってしまう。そんな中で向かった最後の産地は、ツグリキンシレ。ここでの調査時間は半日ほどしかなかったが、プロトケラトプスの頭骨を2個発見し、予備調査の目的を達成することができた。この時は化石を持ち帰るための石こうジャケットを作成する道具を持ってきていなかったため、化石を埋め戻し、ウランバートルへ戻った。
今後の調査での成功を確信した2人は、モンゴル側の代表、バースボルド博士と今後についての話し合いをしてから日本へと戻り、共同調査のための準備をすることとなった。そして、1993年2月、モンゴルとの合意書が締結され、今まで20年間続くことになる共同調査がスタートしたのである。
本展覧会では、日本とモンゴルの共同調査隊(林原—モンゴル共同調査隊)が発掘した化石など、ゴビ砂漠で発掘された化石を展示するが、発掘のエピソードなど、展示では紹介しきれないこともたくさんある。今後、このページで紹介していきたいと思う。
「ロシア製ジープと予備調査メンバー」


